急性中耳炎を繰り返して慢性化したものを「慢性化膿性中耳炎」といいます。たいていは子供の頃の中耳炎を大人になっても引きずっている状態です。慢性中耳炎は「聞こえ」が悪くなり「耳だれ」が時々出ます。患者さまは「耳だれ」が出なくなれば治ったものと思いがちですが、実は治ってはいないのです。何回も「耳だれ」をくり返すことによって、鼓膜に開いた穴は大きくなり、鼓膜の奥にある音を伝える骨(ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨)の動きも悪くなるので、難聴が進行してしまいます。
中耳炎の難聴は手術(鼓室形成術)で治すことができます。耳の奥のうごきの悪くなった骨を取り替えて、鼓膜を新しく張り直します。最近当科ではこのような慢性中耳炎は内視鏡下耳科手術を行って、低侵襲に治療しています。
左図:左慢性中耳炎による鼓膜の穴。右図:内視鏡下耳科手術後。鼓膜の穴はふさがっている。
何らかの原因で鼓膜の一部が内側に凹んでいき、「中耳」および「乳突洞」という場所に「真珠腫」を形成する病気です。やっかいなのは普通の中耳炎とは異なり、しだいに大きく成長し周囲の骨を溶かしてさらに広がります。周囲の神経にも影響を及ぼし、顔面神経管を溶かせば「顔面神経麻痺」をおこし、脳硬膜まで辿り着けば「髄膜炎」をおこし、内耳の平衡感覚をとる三半規管まで広がれば「めまい」をおこします。この中耳炎の「耳だれ」の特徴はとても「くさい臭い」がすることです。手術治療が必要です。
手術の目的はまず「真珠腫」をきれいに掃除し、次に聞こえを良くします。「真珠腫」を「中耳」や「乳突洞」に取り残しますと、そこからまた再発します。したがって手術は2回に分けて、1回目は「真珠腫」をきれいに掃除するだけで終わり、2回目は再発がないことを確認した上で聞こえを良くする骨の組み立てを行うこともあります。通常このような真珠腫性中耳炎では耳の後ろの骨を大きくドリルで削って摘出しますが、当科では真珠腫性中耳炎の6割で内視鏡下耳科手術を行い、低侵襲な手術を提供しています(Imai T, et al. Auris Nasus Larynx 44: 141-146, 2017)。ご自分の真珠腫性中耳炎にこの手術が行えるかどうか担当医とご相談下さい。
左図:右真珠腫性中耳炎の鼓膜所見。耳だれがでている。右図。内視鏡下耳科手術後の鼓膜所見。真珠腫は摘出され、耳だれは停止している。
交通事故などで頭を強く打ったとき、鼓膜の奥にある音を伝える骨の関節がはずれた状態をいいます。音を伝える骨は3つあって、鼓膜にひっついているのが「ツチ骨」、それに続くのが「キヌタ骨」、そして3番目の骨が「アブミ骨」です。「アブミ骨」は内耳の「卵円窓」という窓に蓋のようにはまり込んでいます。この3つの骨の関節が頭を強く打ったときにはずれてしまうと、音は内耳にうまく伝わらず難聴になります。この難聴は「伝音難聴」といい、手術で関節のずれを修復することで聞こえを治すことができます(大島一男、他.第26回日本耳科学会総会、長野、2016)。
図:耳小骨離断の3D-CT。キヌタ骨(青色)がアブミ骨(緑色)から離断している(黄色矢印)。ツチ骨(赤色)とキヌタ骨の連結は正常。(西池季隆、他.耳鼻臨床 97: 1059-1066, 2004から改変して引用)。
生まれつき鼓膜の奥にある音を伝える骨の成長に不具合が生じ、3つの骨の関節がはずれた状態をいいます。この難聴も耳小骨離断と同じく「伝音難聴」といい、手術で関節のずれを修復することで聞こえを治すことができます。当科では耳小骨奇形に対しても積極的に内視鏡下耳科手術を行っています(西池季隆、他.Otol Jpn 26: 127-133, 2016)。
図:耳小骨奇形の3D-CT。ツチ骨(赤色)は存在。キヌタ骨(青色)は変形しており、アブミ骨が欠損している。(西池季隆、他.耳鼻臨床 97: 1059-1066, 2004から改変して引用)。
音を伝える3つの骨のうち、3番目の「アブミ骨」の底板が内耳の「卵円窓」に固着してしまう病気です。原因はわかっていません(一説には麻疹や風疹でおこるといわれています)が、「アブミ骨」の動きが悪くなってしまうので「伝音難聴」がおこります。難聴のみならず耳鳴りやめまいを訴えることも多く、メニエール病と間違われるケースもあるようです。この病気は通常、進行性で両方の耳におこります。
治療法は、3番目の「アブミ骨」を一旦取り去り、人工ピストンを埋め込んであげると聞こえが劇的に回復することがあります。この手術を「アブミ骨手術」といいます。当科ではこの手術を内視鏡下耳科手術で行っています(西池季隆、他.第26回日本耳科学会総会、長野、2016)。
一般のアブミ骨手術では、手術の最中にアブミ骨の一部が内耳に落ち込む危険性があるとされています。それが起こると外リンパ漏や高度感音難聴が起こるとされています。そのような事態が起こりにくい手術法としてFischのreversal stepsという方法があります(Fisch’s reversal steps stapedotomy)。最初に内耳に穴を開けてピストンを入れて、その後にアブミ骨の上部構造を取り去る方法です。アブミ骨が落ち込む危険性の少ない安全な手術法ですが、技術的に難しく経験を要する方法とされています。当科は、このFischのreversal stepsを内視鏡下に行う高度な技術を持っています。
図:内視鏡下耳科手術によって行われたアブミ骨手術。人工ピストン(黄色矢印)が挿入されている
顔面神経麻痺は、片側の顔の運きが悪くなる病気です。多くは末梢性の顔面神経麻痺であり、ベル麻痺といわれます。原因は不明ですが、ウイルス説が有力です。次に多いのはラムゼイ・ハント症候群です。これは水痘-帯状疱疹ウイルスが再活性化して発症します。耳介・外耳道の帯状疱疹(皮膚表面できる発赤や痛みを伴う疱疹)やめまい、難聴、耳鳴の症状を伴います。他に顔面神経麻痺の原因としては、交通事故や転落事故による外傷性のものがあります。
ベル麻痺とハント症候群は早期治療が重要です。ステロイド治療が最も有効とされており、入院加療が可能な方にはステロイド点滴大量療法を行います。入院治療が困難な場合にはステロイド内服漸減を行います。発症早期には抗ウイルス剤も併用します。
当科は顔面神経麻痺に精通しており、発症7~10日で予後(将来の見通し)判定が可能な電気生理学的検査を全症例に実施しています。予後不良と判明した場合には、早期に顔面神経減圧手術を実施しています。一方、外傷性の顔面神経麻痺はさらに早い時期の手術が必要とされることが多いです。
図:外傷性顔面神経麻痺に対する顔面神経管開放術。ドリルで側頭骨を開けている。骨に外傷のために起こった骨折の線(黒矢印)が認められている。