当院について

勤労者医療総合センター

Worker Medical Center

高年齢者の転倒災害

研究代表者:大阪労災病院 総長 樂木 宏実
令和6年10月~令和9年3月

研究開発テーマ
  1. 高年齢労働者を対象とした転倒および転倒関連傷害ハイリスク者の簡易スクリーニング法の研究開発
  2. 高齢者のフレイル予防の観点からの転倒関連傷害の新規対策法の研究開発

50歳以上の働いている人で転倒による労働災害が増える理由について身心の状況を調査し、予防対策を考えるための研究です。

年をとると滑ったり、つまずいたりして転びやすくなります。転ぶ(転倒)ことは、骨折など大きな傷害に至って移動能力が低下するだけでなく、命に係わることもあります。日本では、年間8,000人近くが、転倒が原因で亡くなられています。転倒はこのように高齢者医療の中で大変大事なテーマですが、働く高齢者が増えている今、労働現場においても大きな問題です。

60歳以上の労働者が増え続け、60歳以上の労働災害(4日以上仕事を休む災害)が増え続けています

働く人のうち、60歳以上は18.7%(1138万人)で、65歳定年の時代でも65~69歳の2人に1人は働いていらっしゃいます。高齢者の労働災害も増えていて、4日以上仕事を休むことになった労働災害者のうち、60歳以上は29.3%に及びます。また、転倒による労働災害の比率が全体でも高いのですが、60歳未満では全体の17%、60歳以上では全体の38%と大きく上昇します。転倒での休業は、骨折に至っていることが多く休みが長期化しがちです。

60歳以上では滑ったり、つまずいたりして転ぶこと(転倒)が多いです

転倒は65歳を過ぎると突然増えるのではありません。転倒災害は、50歳代から増えています。元気に働いている人でも勤務中に転倒することがあり、それが高齢というほどでもない年齢から増えているというのは何故でしょう。職場の環境が悪いからでしょうか。おそらくは、身心の状況が転びやすい状態に老化を始めているのだろうと思います。私たちは、高年齢労働者が増えている中、職場の健康・安全を守るために「働いている人の転倒災害対策」に焦点を絞って研究を行うこととしました。

転倒災害は50歳代から増えはじめます

研究開発予定期間

令和6年10月~令和9年3月

労働者健康安全機構 労災疾病等医学研究普及サイト

https://www.research.johas.go.jp/

高年齢労働者の転倒災害
テーマ① 高年齢労働者を対象とした転倒および転倒関連傷害ハイリスク者の簡易スクリーニング法の研究開発
  • 全ての人に実施能な簡便な検査法開発
  • 老年医学的観点からの原因探索
  • 骨折につながる骨粗鬆症のスクリーニング法開発
テーマ② 高齢者のフレイル予防の観点からの転倒関連傷害の新規対策法の研究開発
  • 運動に加えた新たな介入法の開発

計画2と計画3は、労働者健康安全機構本部医学系研究倫理審査の承認を得ています。
いずれも、労働者健康安全機構理事長の実施許可を得て実施されます。

計画1.高年齢労働者の転倒災害の内的因子に関するスコーピングレビュー研究(転倒災害と身心の特徴のレビュー研究)

スコーピングレビューとは、ある研究疑問について、過去の研究発表(論文など)を系統的・網羅的に概観(マッピング)し、まだわかっていない範囲(ギャップ)を特定することです。労働者を対象にした研究がまだあまりなされていないために、計画全体の意義を明確にするために、あるいは今後の研究の方向性を示すために必用な作業です。
本計画での研究疑問は、(1)高年齢労働者の転倒や傷害性転倒のリスク因子について、身心の状態に関するリスク因子は何か?(2)高年齢者の転倒予防や傷害性転倒予防に関する介入法について文献でわかっていることは何か?です。

計画2.労働者の転倒・骨折に関する身心の要因の調査研究(労働者の転倒・骨折リスク研究)

全国のろうさい病院を受診された転倒によって骨折を発症した患者さん、人間ドックを受診された方を対象に、転倒や骨折に関する心身の要因を調査します。50歳以上の働いている方を対象にすることで、働くだけの健康状態にある方が対象であることが特徴で、病院や施設あるいは地域全体を対象にした研究結果とリスクとなる要因に違いがあるかを明らかにします。リスクとかもしれない要因の調査も、自記式のアンケートで回答できるデータを中心にします。病院の検査データも一緒に解析することもします。

調査では、転倒の発生状況と共に、アンケート形式で、転倒に関係しうる病気や薬の状況、骨折リスク、認知機能、栄養、聴力、視力、抑うつ状態、運動能などについてお尋ねします。
1年後にも転倒の有無をお伺いする予定です。

一般的に、転倒は、床が濡れていたなどの環境や、個人の身心の状況が複合的に関係して生じます。心身の状況の影響は年齢や健康状態で個人ごとに大きく異なります。図に、個人の身心の要因がいかに重要かを示します。個人の転倒対策につながることが期待される研究です。

計画3.介護老人保健施設職員の転倒事故の実態と転倒リスクの内的要因の調査研究(介護施設職員の転倒リスク研究)

働く高齢者の就業先で多いのは「卸売業・小売業」「医療・福祉」「サービス業」です。特に、医療・介護の仕事は慢性的な人手不足で、10年前の約2.4倍の107万人に増えたそうです(令和6年推計)。介護現場等の保健衛生業に従事する人の転倒災害(休業4日以上)は年間5500件程度発生しており、そのうち50歳以上が約9割、60歳以上に限っても約7割を占めています。
介護に従事する人たちの転倒災害を減らすことに少しでも役立つことを目指して、介護老人保健施設職員の転倒事故の実態と転倒にかかわる身心の要因について調査研究することを計画しました。公益社団法人全国老人保健施設協会(全老健)のご協力を得て会員施設ならびにそこで働く職員の皆様を対象に調査を行います。計画2のろうさい病院での研究と同じ調査に加えて、注意能力や移動能力に関する簡単な検査の意義も調査します。
全国で初めての実態調査であり、加えて転倒しやすい状況の人をできるだけ簡易な方法で見つけ出す方法の開発研究です。

計画4.高齢者のフレイル予防の観点からの転倒関連傷害の新規対策戦略の研究開発(フレイル予防のプレバイオティクス開発研究)

フレイルは介護が必要になる一歩手前の身心の状態で運動や食事によって回復が期待できる段階です。プレバイオティクスとは、腸内細菌叢を善玉菌優位な環境にする食品などの成分です。年齢が高くなるほどフレイル状態に陥りやすく、フレイルの人は転倒をおこしやすいことがわかっています。フレイルを予防することで転倒を予防しようという発想で、その一つの対策としてプレバイオティクスの開発を目指します。 高価な薬の開発ではなく、食品に含まれる特定の成分を増強することであれば、多くの人が毎日の生活の中に取り入れることができると思います。
本計画では、老化に関係するアミノ酸などの特定をアンジオテンシン変換酵素2という物質との関係で調べます。ネズミでの話ですが、この物質が腸管でなくなると老化が促進することを発見しています。まずはネズミでの研究ですが、将来の人間での研究につなげる成果を目指します。